May 24, 2021

Closure Property

いきなりクイズです.

[Quiz]
日本の数学Ⅲの教科書に登場する平均値の定理は次の誰の名前がつくでしょう?
①ロル ②ラグランジュ ③コーシー ④テーラー

[Answer](この下の行をドラッグしてください)
②ラグランジュ

日本の教科書では数学用語として名前の出てこない概念や定理・公式などが,実は英語ではちゃんと名前があるという場合があります.

■発見者の名前がついていない例

Lagrange's mean value theorem(ラグランジュの平均値の定理)
平均値の定理はいくつかあります.その中で日本の高校数学Ⅲで登場する,「グラフ上の2点を結ぶ割線と等しい傾きを持つ接線がその間に存在する」という定理が「ラグランジュの平均値の定理」です.

Varignon's theorem(バリニョンの定理)
日本の中学数学2で出てくる「任意の四角形の各辺の中点を結んでできる四角形は平行四辺形になる」という定理です.

■用語として使われていない例

Scientific Notation(科学表記)
例えば$1.23×10^4$のような数の表し方(2021年度からの学習指導要領で中1で学ぶ内容から中3で学ぶ内容に移りました)をいいますが,日本の教科書では「(整数部分が1けたの数)×(10の累乗)の形」という言い方をしています.

Closure property も用語として使われていない例になります.日本語で「閉性」というので直訳で伝わりますが,日本の教科書では中学数学1と高校数学Ⅰで2回も登場するのに,この用語が使われていないというのが意外なのです.

例えば,整数×整数の結果は必ず整数になるので,このことを"the set of integers is closed under multiplication(整数の集合は掛け算について閉じている)"といいます.逆に,整数÷整数の結果は整数になるとは限らないので,"the set of integers is not closed under division(整数の集合は割り算について閉じていない)"といいます.

このような性質をclosure property(閉性)というのですが,日本の教科書にはこの用語は出てこず,「数の範囲と四則計算の可能性」といって,closedのことを「この範囲でいつでも計算できる」「その範囲で常に計算できる」というような言い方をしています.operation of arity two(2数の演算)の結果がまたその2数の属する集合の元になるという意味なので,この表現は少し違和感を感じますね.

このように2数(ある集合の元2つ)から1つの数(ある集合の元1つ)が得られる演算を,代数学ではbinary operation(二項演算)といい,一般には2つの集合A, Bの Cartesian product(デカルト積)A×B={(a, b)|a∈A,b∈B}からその演算結果の集合C{c|c∈C}へのmapping(写像)で定義されます.例えば$2\div 3=\frac{2}{3}$という計算は,(2, 3)を$\frac{2}{3}$に対応させており,この場合は,整数の集合と整数の集合のデカルト積$\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}$から有理数の集合$\mathbb{Q}$へのmappingになっています.

「ある集合が,ある演算について閉じている」という場合は,A=B=Cのときをいい,例えば上の整数の集合$\mathbb{Z} $では,足し算,引き算,掛け算の結果がまた整数になるので,これら3つの演算については閉じているといえます.文献によっては,このように閉じている場合だけをbinary operationという場合があります.

代数学は,以上の事柄を基本として,単位元,逆元の存在,ひとつの演算についての交換法則,結合法則,2つの演算についての分配法則を用いて,群,環,体という概念を定義し,3次,4次,5次方程式解法の理論へと発展していきます.

[Closure Property 問題]
Is the set {-1, 1} closed under addition, subtraction, multiplication and/or division?
解答はこちら

[Reference]
Binary operation
https://en.wikipedia.org/wiki/Binary_operation
因みに,このサイトを参考にするのはいいのですが,日本語Wikiの「二項演算」というページは「この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか不十分です」となっており,内容も英語版とかなり違っていてあまり参考になりませんでした(この投稿公開日現在).

May 6, 2021

Elementary mathematics

どの国でもあると思いますが,その国で常識だと思われていることが,世界に目を向けたときに常識ではない,実はおかしいと感じることがよくあります.日本の教育関連で思いつくことをいくつか挙げてみると,
・年度始めが4月である.
・小学生だけがランドセルを使う.
・三学期だけ期間が短い.
・国立なのに女子大がある.
・教科名を小学校では「算数」,中学校以上では「数学」という.
etc....

[Quiz]
「数学」は英語で mathematics,または省略して math といいますが,小学校の教科名「算数」は英語でなんというでしょう?

[Answer](この下の行をドラッグしてください)
 和英辞典にはarithmeticとあります.

逆にこの単語を英和辞典で調べると,算数の他に,算術,計算などの意味がありますが,算数以外の意味の方が近いように思われます.

しかも,この単語は英語圏で「算数」という意味にはとられないようです.日本の「算数」にあたる用語は,ずばり mathematics です.小学校で学ぶ math だと強調するなら elementary mathematics となります.ただこれは「初等数学」(大雑把に言えば小中高の数学)という意味にも使われているので,もう少し正確にいうと.elementary school mathematics となります.

海外の現地校やインターナショナルスクールの小中高は,六三三制よりも五三四制が多いので,日本の「算数」をもっと正確に言うなら,mathematics at Japanese elementary school になるでしょう.

「数について学ぶ」ことなので,小学校でも中学以上でも数学(math)ですよね.中国・台湾や韓国・北朝鮮でも小学校での教科名は「数学」だそうです.小学校だけ「算数」という名称を使っているのは日本だけのようです.日本の小学校でも「数学」で良いのではないでしょうか.

よく算数と数学の違いはこうだという,いかにももっともらしい説明をする書籍やサイト等が見られますが,後付けの印象を強く感じます.

平成29(2017)年改訂の小学校学習指導要領解説では,従来の「算数的」という表現を「数学的」に変え,「数学的活動を通して,数学的に考える資質・能力を育成することを目指す」とし,中高と同じような表現になりました.ところが教科名については,

小学校の時に具体物を伴って素朴に学んできた内容を,中学校では数の範囲を広げ,抽象的・論理的に整理して学習し直すことになる。そして,さらに高等学校・大学ではそれらが,数学の体系の中に位置付けられていく。以上のことから,小学校では教科名を「算数」とし,中学校以上の「数学」と教科名を分けている。

と書かれています.しかし,小学校では「具体的」で中学から「抽象的」になるからというのは,教科名を分ける理由にはなりません.具体的な数学もあれば抽象的な数学もあるからです.

文科省の他の文書も「算数・数学」とひとまとめにして述べる場合が多く見られますが,これらをまとめて「数学」だけにすれば,文章もすっきりして読みやすくなるでしょう.

文科省は,世界標準の小中高カリキュラム "International Baccalaureate (IB)" を実施する日本の学校を増やすため,高校の最後の2年間のカリキュラムDiploma Program (DP)の6教科のうち4教科を日本語でできる「日本語ディプロマ」を普及させようとしています.このように教育のグローバル化を目指す中で,小学校だけ「算数」という呼び方を残すのは時代遅れのような気がします.

日本の小学校も教科名を「数学」にするべきだと思います.

[Reference]

英語で「算数」はなんと言うの?│ arithmeticじゃないよ
https://www.sanctio.net/arithmetic/